« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年4月に作成された記事

2017年4月16日 (日)

新潟のラーメン「二郎」

いつも北陸支店からの帰りに直ぐ傍を通るんです。

何時もならんでます。

で、先日、工事の工事仮払いの口座を作りにゆうちょに行って、
その帰りに寄ってみました。

Jiro_01 ここがそうです。

Jiro_02 小です。

Jiro_03 これでも小です。

味としてはまあまあ。私の好みではなかったので、誘われたら行ってもいいけど、
自らは行かないかな。confident

こってり系で「TOKYOBASE」のとんこつ系は関東風にあっさりとしたとんこつにしてあるので
「あっさり系とんこつ」としては美味しいので何回か行ってました。

「こってりとんこつ」はやはり、博多で食べんとダメばい。 \ ( ̄^ ̄)

2017年4月10日 (月)

さよなら583系初代の寝台特急電車

 旧国鉄時代に昼行車両と夜行車両の兼用で開発された583系特急電車が
先日の9日で全ての車両が引退しました。

 秋田に6両だけ残っていたのですが、とうとう、「さよなら」です。
数年前に新潟に来た時の思い出の画像をアップします。
Sayonara_583_01 画像の上の黒い筋はカメラ本体内の
 埃なので気にしないようにしている。(T_T)

Sayonara_583_02 JR西の車両で
 在りし日、「きたぐに」583系、年末年始で2両増結で12両編成。happy02

Sayonara_583_03 新カヌ(現在の新ニイ)に昼寝するために
 引き込むところ。
 右端のコンテナは北越製紙向けのコンテナ列車です。

 ここで撮影したのは、コンテナ列車と一緒に並べて取りたかったからです。

徳次郎2世のいつも持ち歩いているカバンにも「きたぐに」の鍵のついてないキーホルダーがぶらさがってます。

 さよなら、583系。weep

2017年4月 7日 (金)

新潟に戻ってきました。

 新潟に戻ってきました。

 10年ぶりに自宅から通える仕事です。crying

 徳次郎2世も、4月からもう立派な中3です。happy02

 ということは受験ですな。bearing

 徳次郎2世は、先日、

「485系R28編成を見送ってくる」と、越後石山の踏切に行ってきたそうな。

 私は仕事だったので無理だったんですけど、長野送りにされてしまったようです。

 つまり、解体されるってことですね。

Nigata_01 115系も残す編成あと僅かになってきた。
 現場事務所が立つまでは支店へ通うので、毎日乗ってます。

Nigata_02キハ40系もキハE120等の増備で減ってきた。

 さらに、国鉄の車両が減ってきた。 悲しいです。

JR東の盲腸、奥多摩駅

コナンのスタンプラリー最終日。

せっかくなので、JR東の盲腸駅である「奥多摩」に行ってきました。

 今後、まず、踏み入れることが無いだろうな、と思ったので、
コナンのスタンプラリーのついでに行ってきました。

ついで、と言いつつ、どっちもメインなんですよ。
Okutama_01 1番線の盲腸

Okutama_02 2番線の盲腸
 以前は、石灰石採取の貨物線がグングン伸びていました。

 

Okutama_03 趣あり。

武蔵五日市駅も行きたかったけど、
コナンのコンプリート景品の受け渡し時間に間に合わなくなりそうだったので
行きませんでした。

2017年4月 1日 (土)

懐かしい工事の電納CDが出てきた。(T_T)

新潟に戻る際に棚にあったCD100枚入りの丸い円筒形の
入れ物を開けてみて

「使ってないCD-Rがある」

と、思ってみてみたら、


数枚下から懐かしい工事の電子納品したCD-Rが出てきた。

「Tダム上流仮締切工事」  いやぁ。懐かしい。馬鹿みたいに苦労した工事だったもん。

思わず、CD-Rを自分のHDDにコピーしちゃいました。

私は途中から新潟で発注された工事の現場代理人と努めることになり抜けちゃったんですけどね。

K島氏、H富氏(辞めて他社に行った)、K納氏、H江氏、K林氏、S條氏、N沼氏
A藤氏、H川氏
 今年3月で定年で辞められたT島氏も写ってた。

 我が社の職員大量投入した現場だけど、大赤字。
出血大サービスどころか大量出血で瀕死の状態でした。

そこに行く前は、K納氏と同じ現場で橋梁架設をしてたんですけど、
H野氏から「おい、お前T県出身だったろ?行って来い!」
、って、竣工検査が終わって現場事務所に戻ってきたときに言われたんですよ。
「おいおい、竣工検査が終わったばかりなのにもうそんな話かよ」、と、
かなり苛々した記憶がよみがえります。

 行ったら、話の通り、最悪な状態だった。

現場代理人と監理技術者が喧嘩状態で話をしない、無限地獄状態の現場だった。

K島氏とK林氏が一生懸命頑張ってました。
私が行ってから、K納氏が来るまでの間の約1か月間で私が協力会社さんを取り持って
だいぶ環境を変えてあげて当時の大阪支店には「もっと人が居ないと出来ないですよ。」、って
進言したんですよ。

写真を見たけど、10年たってもあまり皆変わってない感じだった。

 いやぁ。懐かしい。 あきかしい。ふゆかしい。coldsweats01
Natukasi_t_damu これ、確か、私が撮影した写真ですよ。

 全然、順調じゃなかったけど、順調に進みかけ始めたころの写真ですな。(つなぎ写真です。)

 左から順に発注者、K納氏、H富氏、K林氏

 これ、CSGの上流側です。こちら側は確か当初設計よりも浅かったんです。
 このあと、コンサルの方が来て「岩相写真を撮る」といって、基礎となる岩盤の写真を撮って
絵を描いて帰ったんです。
 「そんなもんが要るのかよ」、と思いつつ、絵を描くのを見ていたような記憶もあります。

 「岩相写真を確認できないとだめなんだ」ということで、
ほぼドライの状態にしないといけなかったんです。
「そんなの無理」、ということで、止水セメントを使って、小さい湧水は止水セメントを使って止めて、
ちょっと大きな湧水は、湧水箇所の周りにコンクリートや止水セメントで堤防を作って
残水ポンプで水替えしてたんですよ。

大小水中ポンプだけでも10台以上はあったんじゃないかな。

 測点出すのも大変だったなぁ。bearing

 そうかぁ。これ以前からフリーの測量ソフト「TRIPOD」を使ってたのかあ。

 あ。思い出した。新潟の上●▽の信濃川の堤防嵩上工事の時も既に使ってたな。
 この時は、A藤氏が現場代理人でした。

« 2017年3月 | トップページ | 2017年5月 »

2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30